第18回金澤志保バレエスタジオ発表会    於;日進市民会館

本番は「くるみ割り人形≫であるがそれに先立ち、バレエコンサートとして、「コッペリアより平和」「眠れる森の美女よりブルーバード」「白鳥の湖よりパ・ド・トロワ」「ら・ばやでーるより第1ソリストのVa]「シルビアよりシルヴィアのVa][海賊より」「j白鳥の湖より黒鳥」があった。スピード感、切れ味においていまいちの感があった。しかしラストの黒鳥は満足に近いものであった。

 

くるみ割り人形

第1幕

シュタールバウム家で家族4人が大きなクリスマスツリーの飾りつけをしている。

中幕が下りて雪の降りしきる街路を夫婦、親子連れが、シュタールバウム家のパーティーに急ぐ。雪合戦をやっている子もいる。

中幕が開くと客の集まったシュタールバウム家でパーティーがはじまる。

子どもたちの踊りがある。御なじみの景気の良い曲が響く。とても良い。

紳士淑女の踊りがある。お馴染みの景気の良い曲が響く。かなり良い。

 

ドロッセルマイヤーが持参した箱の中から、スコチッシュ人形、フランス人形、アラビア人形が順に出てきて特有のを踊りを見せる。3にんとも人形の感じが良く出ていてかわいかった。

クララはドロッセルマイヤーから、くるみ割り人形をもらいます。

深夜、クララがソファでくるみ割り人形と寝ているところへ、ネズミの群がやってきます。これに対して、兵隊たちが銃を剋いで対抗します。緒戦に大砲が爆裂しましたが、もっと戦いが進んでとどめを刺す意味でもっと後の方がよかった。

クララがスリッパを投げてネズミのお王さをやっるけところは、うやむやのうちになされて、はっきりそのことを印象づける必要があったとおもう。

やがて、クララは王子に案内されて雪の国に行きます。複数の雪の聖が舞台1杯に広がるようがるように、真っ白な衣装で踊ります。雪も降っていますが、曲の出だしはいかにも寒々とした感じでで印象に残ります。

バレエブランの雪の国は、くるみ割り人形を独特のムードで引きしメマス。

第2幕

ディヴルティスマンガ始まります。

スペイン  男女2人が躍る、お馴染みです。

アラビア  女性5人が躍る。お馴染みの生ぬるい曲。

中国    2人が人差し指を立てて、ピョンピョンはねて踊る。

あし笛   4人の女性がが薄緑色のワンピースを受けて軽やかに踊る。

ぎギゴーニュおばさんとキャンディーボンボン  子どもたちが大勢踊る。

天使たちの踊りが入り、グランド・パ・ド・ドウが始まる。

 

ヴァラエティに富んで、とにかく楽しめる踊りである。

 

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浜松シティーバレエ    白鳥の湖 アクトシティ―浜松

3回ほど観賞記を飛ばした。年取って気力が出なくなったせいである。元気旺盛な頃は、帰宅した直後から書き出し、徹夜で書き、

夜の明ける頃、書き終えたものだ。

 

定評の浜松シティーバレエの公演とあって、本日見に行ってきた。

 

クライム・リショイス・カンパニー(札幌舞踊会)代表   坂本登喜彦氏 の演出、振り付け、指導によって従来の白鳥の湖とはだいぶイメージが変わっていた。

 

主宰の藤井久美子さんはプログラムのあいさつで、

「「白鳥の湖」のコールドが大変なことは、踊ってきた私が1番良く知っています。コールドバレエの技術はもちろん、一糸乱れず揃うこと、さらに感情表現も必要です」

とのことで、さもありなんと心から、賛同いたします。それだけに白鳥の湖のコールドは何度見ても素晴らしい。

 

それは、悲しいほど美しく静謐にして清澄なのである、そして整然一致として、純粋である。。

 

ところが、今日の白鳥の湖は、多彩に富み賑やか過ぎた。藤井久美子さんがコールドが大変だということもここでは余り感じなかった。ピタッとそろっている印象に乏しかったからである。絢爛豪華は「眠れる森の美女」の形容詞だが、なんだかそれに近くなったようである。

 

私は「白鳥の湖」以上に「白鳥の湖」の公演を見たかったのに残念であった。白鳥の湖の中でも第1幕2場(2幕とする場合もある)でも、四羽の白鳥が現れる頃がクライマックスである。4羽の白鳥の踊りが、うまくいくかとはらはらしながら息を止めてみていて終わったところでブラボーを叫ぶ。

posted by: michiru(写真) | バレエ・ダンス | 00:16 | comments(0) | - |

私小説  ジゼル

私小説   ジゼル

 

プロローグ 
 私は現在76歳である。
   
> かっては、 家庭裁判所調査官として、名古屋、大阪、豊橋、新宮、和歌山などを転々とし、非行少年や離婚、遺産相続事件の当事者を調査して、調査報告書の作成、電話があっても電話聞取り書の作成と、何でも文書に残すことが求められた。
 また、紛争当事者の間に入って、両者の板挟みになり、苦しむことは日常茶飯であった。
 こうした、過重で葛藤の伴う仕事に就いている限り、うつ病が軽快する見込みはなく、悩んだ末、55歳の時、入院中に辞表を提出した。

  在職中から55才で退職後にわたって、気晴らしに、楽団の演奏を聴いたり、宝塚歌劇を見たり、演歌を聞きに行くなどしたが、来日したロシアのバレエ団の「白鳥の湖」の公演第2幕で、群舞の白鳥たちが舞台の左右両側に縦1列に整列して、両手を前に組んで、やや頭を下向き加減にして、ピタリと静止した時のその楚々とした美しさと慎ましやかさ、優しさに、これほどまでの表現を可能にするバレエに驚嘆した。

 ただ、頭を下げるだけでなく、膝を半分折り、腕を頭上にくるりと持ち上げるレヴエランス(お辞儀)もとても新鮮だった。
 以後、バレエに病み付きになり、週末には殆どバレエを見に名古屋方面に出かけるようになった。。
そして、ただ、見っぱなしでは勿体無いからと、ブログに「Ballet fan michiruのバレエ・ダンス観賞記」を連載し始めて約12年になる。 そして、一時期、アクセスが月に1万を越える人気ブログになった。
>  
 更に多くの人に見てもらいたくて、バレエの発表会に行ったり、電車に乗って、隣席になった若い女性などに「趣味でやっていることですが」と言ってブログアドレスの入ったカードにバレリーナのシールを貼って配るようになった。
 大抵どの人も、ニコリとして受け取ってくれる。見知らぬ相手だから多少、戸惑うこともあるが、こんな形でも若い女性ともコンタクトが取れ、こちらの気持を受けて、カードを受け取ってもらえると大変嬉しかった。

 

 36歳の時、私は家を新築した。家の新築で、本人や身内が生死にかかわる災難に見舞われる例をがあち、こちでみており、私の場合はこれから述べる事件がそれだったのかと思う。ジンクスだと言われれば返す言葉がないが、新築など一生の1大事であるから、何らかの風の吹き回しということがある。

 

ローカル線下り列車
 当時、私は豊橋の家庭裁判所に勤務しており、帰宅するのに、豊橋始発の天竜峡行きの飯田線に乗った。まだ座席はところどころ空いており、やがて通路の反対側の座席に年のころ20才くらいの色白で目鼻立ちの整った髪の長い女性が乗り込んで来た。紫色のドレスが白い肌と程よいコントラストをなして素敵な感じだった。
>  私は、この女性にも、カードを取り出して渡した。彼女は派手な文字で書かれたカードと、中年男の私を見比べながら、その不釣合いに笑みを浮かべて頷きながら大切そうにバッグにカードをしまった。

 電車の待ち時間も残り少なくなり、次第に座席が埋まる。

 発車間近になって、女性の向かいの空いた席に、中年で土工風の長身の男と背の低い男が座った。この両名のうちでも小柄な男は黒い着衣に日に焼けた真っ黒な顔で眼光鋭く、顔には歌舞伎俳優のような隈取の刺青を入れていた。如何にも悪玉という印象である。普段飯田線にこのような乗客は見られず、流れ者であることは明らかだった。

 私は、そちらを、ちらりと見たあと読みかけの心理学の書を続けて読んで居たが、電車が発車後暫くして、通路の反対側の座席に居た男2人がニヤけた笑い声を出し、何やら尋常でない雰囲気である。振り向くと例の男2人が先ほど、私がカードを渡した女性にちょっかいを出している。
逃げて逃げられるものなら、逃げるだろうが、恐怖のため体が竦んでしまい、最早、身動きできないようだ。勿論声も出ない。女性が抵抗できないことを良いことに、長身の男が女性の襟首を大きく開いて片方の白い肩を露出させ、背の低い悪玉がスカートを捲り上げ、大腿もあらわに、女性にとってはこの上ない恥辱に声も出ない様子である。
>  
 衆人環視の中で、ここまでやる男達の大胆不敵と悪辣さに我が目を疑った。しかし、2人の男のうちでも、背が低い男のとりわけ悪玉の形相には誰しも身の縮む思いであった。乗客の誰もが、男2人の所業を制止できず、みな素知らぬ顔をしている。拘わったら、自分の方が何されるか分からないと言う我が身可愛さから、車内の客皆が息を殺していた。

 凍りつく車内
私は先ほど女性にカードを渡した縁で、この女性とほんの少しだけ喋っただけであるが、好感の持てる女性だった。しかも私が一番近くの席に居て私の方を向いて、その目は私に助けを求めている。誰よりも、先ず私が何とかしてあげなければいけないだろうと思った。

 どうなるかは分からないが、ひとこと
「あなたたちやめてください」
と言った。

 これで、やめるなら普通の人たちだ。

 しかし、彼らは女性にかまうのはやめたけれども、私に矛先を向けてきた。
そして、背の高い男が背後から私の頭を押さえると、背の低い悪玉が私の頭部をしこたま殴り始めた。それは、際限なく、殴られっぱなしで幾駅も通り過ぎた。
私は、他の乗客に大声で呼びかけた。
「どなたか車掌に連絡して暴力を止めてください」
しかし、これに対して、誰一人反応する者は無く、車内全体がはハイジャックにあったように凍り付いていた。
 誰一人として手足、首など微動だにせず、少しでも動いたら何されるか分からないという恐怖におののいていた。
私は言ったことを謝れば、許してくれるかと思い、今度は「どうも、すみませんでした」と言った。

 日本人なら大部分の人がこれで収まるはずのところ、半島人と思しだけに逆効果であった。
「今になって、謝るくらいなら、最初から言うな。」
と言って、前より一層激しく殴って来た。もう埒が明かなかった。
 そのうち車掌二人が回ってくると、悪玉はぴたりと殴るのをやめた。
私も、これで、やめてくれそうな気配だったので、車掌にひとこと、「大丈夫と思います」と言うと、車掌はその場を早々と立ち去った。実は車掌も逃げ腰だった。私に言葉をかけてくれはしたものの、その場を一刻も早く立ち去るよいうにがは後ろに引いていた。
 彼らとても、我々以上の犠牲など払う気が最初からないただの乗務員なのである。
本当に頼りになるのはレールウェイポリスであろうが、彼らがこのようなローカル線に警乗することはまずない。

 車掌の姿が見えなくなると、男は待ってましたと言うように、私の頭を再び前以上にひどく殴り始めた。もっと、真相を車掌に伝えておくべきだと思ったが遅かった。結局、私も言うべきことを言えなかったのだ。
客は誰一人微動だにしない。そして、車内の知らない者同士が心を一にして協力して悪玉に立ち向かうなどと言うことは、依然として不可能である。

 しかし、一人でも、二人でも私に加勢してくれる人が居たら状況は随分違ったものになっていただろう。
殴られ続けて、私はこのまま死ぬと思った。過ぎ去った出来事…とりわけ、子どもらが小さくて一緒に遊ぶのが楽しかった頃・・が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
>  
 人は死に直面したとき一瞬にして自らの全人生を回顧するもののようである。
>  
>悪夢

 しかし殴打され続けて、頭が、朦朧とするに連れて、私の意識は次第に現実から離れ、ジゼル第2幕のウイリの住む森の中の沼のほとりであった。
、そこには若くして死んだ娘たちの死霊であるウィリ達が暮らしていた。その数は多く、白いロマンチックチュチュを着けけ、沼のほとりは、白一色に染まった。る。それ自体は壮観であるが、彼女達に笑顔はなく、ただひたすらに、私に一緒に踊るように迫る。
 ウイリ達の女王ミルタは私に「死ぬまで踊るように」と命じた。
>多勢のウイリ達に取り巻かれたり、追いかけられたり、突き放されたり、際限なく踊らされる。迷い込んだら最後、生きて帰れない所であることを知った。本当に死ぬのだと思った。

 その時、十字架の形をした真新しい墓の裏から、ミルタに呼ばれて若い女性が出て来た。それは、男2人から嫌がらせを受けていた夕希がウィリに成り変わった姿であった。
まだ、この森の中では新参者であるだけに、初々しかった。彼女の現世での名は夕希で、異界ではジゼルと呼ばれた。

 私が再びミルタの前に呼び出された時、ジゼルが飛び出て来て、ミルタの前にひざまずき、私をこれ以上踊らせず、命を助けるように乞うた。しかし、ミルタは頑として認めない。
しかし、漸く長い夜がしらじらとしてくると、ジゼルもミルタもその他のウイリ達も一斉に消えて居なくなった。
>  
 電車は降車駅の新城に着き、下車する時が来た。気が付いたときには、夕希はそれまで座って居た席から消えていた。 私は悪玉の制止を振り切って、列車から飛び降り改札を駆け抜けた。男が降りて追っかけて来る。

 駅の玄関前にはパトカーと救急車が待機していた。車掌が車内から110番したものと見える。
>  
 幸い、私は、既に遅くて閉店した店の前の暗闇で向こうを向いて立小便している背の低い悪ガキを見付け、警察官に指差した。
私をしこたま殴り続けた男に間違いなく、その場で、緊急逮捕された。
 もう一人背の高い男が見付からなかったが、この男は一寸私の頭を抑えたが、殴ることはしてなくて、今回立件は見送られた。
>  
言うは易く行うは難し
そして、私は救急車で新城市民病院に運ばれた。唇や額に外傷はあるが、殴られ続けたのは頭部であり、脳に損傷があるかどうか、脳波や頭部X線撮影などの検査をした。 検査の必要もあり、4日間入院したが、最初に被害女性の夕希とその父六蔵(当時60)が見舞いに来てくれた。六蔵は私を「娘の命の恩人だ」と感謝の言葉を述べた。
 夕希は軽く会釈しただけだったが、異界で見たジゼルとそっくりであり、あの時から私は彼女に恋したようだ。彼女は年を言わないので分からないが、親子以上に年が離れている。
 翌日には、私の拘わったこのたびの一件が毎日、中日新聞などに大きく掲載されていた。
 中日新聞は「車内で女性にからむ酔漢」「止め男に暴行、逮捕」との見出しを上げた。
 毎日新聞、東愛知新聞、東海日日新聞もそれぞれ、見出しを出してそれぞれ大きく報道していた。
新聞記事から、男両名は奥三河の奥地でダム工事をやっている現場に働きに行く途中であった。小柄な如何にも悪玉の男は傷害、暴行、脅迫、窃盗など前科一六犯であることも分かった。家も家族も無い日雇い労務者で暴力の常習犯と言ってもよかった。
>   
 入院後、新城警察署員が私のところに供述調書を取りに来た。男に何回ぐらい殴られたかと言うことについて、できれば回数をはっきり言えたらと思ったが、残念ながら数え切れないぐらいとしか言うことができなかった。もう少し、どの駅から最終の新城駅まで殴られたのか、覚えて居れば良かったと反省するが、心許ない供述で終わった。  そして、犯人は厳罰に処するよう意見を述べた。
>  
 私は特に異常はなく入院四日目に退院し家に戻った。
>  
 その字体や文言から明らかに女性と思しき無記名の葉書二通が送られて来た。私の勇気を称え、労をねぎらい激励し、傷を負ったことへの見舞いの言葉があった。
想像するに、一人は、私が結婚する前に一度だけ会った人ではないか、もう一人は高校の同級生と思われた。
 、勤務先では、「公務員たるもの事件に巻き込まれて軽率である」という上司の注意が待っていた。市民感覚とは違うお役所感覚である。また、4日ほど入院した間に私がやる予定だった仕事は上司が一人ですべて引き受けてやってくれた。2人前の仕事を同時にやるのあるから、余程に有能でなければできない。文句の1つも言わず、私の担当分をこなしてくれた上司には感謝したい。
 私は、その後、特に心身に特別異常もなく、異常をきたすようなことはなく、家庭裁判所調査官としての勤務を継続できた。

 その後、友達にも会って、色々の意見や話を聞いたが、「気の毒だったねー。若し僕が同乗しておれば、柔道二段だから男を一ひねりしてやったのにね」と言う・・・・。

 それでも、皆凍り付いたように微動だにしない車内で、彼だけ突出した行動が出来ただろうかと、些か疑問に思わざるを得ない。同様な武勇伝を自分がその場に居たら仕掛けただろうという友人は他にもいたが、「言うは易く、行うは難し」である。

そもそも、人を殴るとしても、通常であれば,こちらが謝れば、大抵やめるのに、さらに怒って、際限なく殴り続けるなどとはは思いもよらないことである。

因みにこの悪男の裁判の結果であるが、従来から検察官の求刑をみみっちく下回って判決を下していた担当判事だったが、私が警察に厳しく処分して欲しいと述べたこともあってか、検察官の求刑通り四年の懲役を言い渡した。求刑通りはこの裁判官にしては珍しいことである。
夕希と六蔵の家は、私が入院した病院とさして遠くないところにあった。退院後、半月くらいして、私はお見舞いのお返しを持って、有希の家を訪れた。父が働きに出て、母が主に農作業に従事する兼業農家であった。夕希は笑顔で迎えてくれたが、母は大変恐縮した様子だった。父の六蔵は留守だった。

>夕希の様子

 母は、「大変娘がお世話になりました。今日も娘と山本さんは命の恩人だったと話していたところです。なにせ、女ですから、二人の屈強な男に押さえ込まれたらどうすることも出来なくて。あの時の山本さんの一声が娘の全てを救ってくれたと思っています。」「しかし、そのために山本さん一人が散々な目に遭って大変申し訳ないと思います。」と言った。
>次いで、夕希が「電車には何十人という人が乗って居て、もっと体格の良い男の人は一杯居たのに。せめて、山本さんのような人がもう一人二人居てくれたら状況はもっと違っていたと思います。」と述べた。
これを、聞いて、私は「私もそう思います。日本人は平和ボケで少しでも危険が身に迫ると動けないんですね。少なくてもあの場は生命にかかわるとは思えないので、もっと大勢に動いてもらいたかったですね」
>ふと私はそれ以前に大阪家庭裁判所に転勤していた当時に体験した大阪人の気風を思い出し、

「だけど、大阪のような民衆に活気があり、自分らのことは自分らでせにゃあかんという気風のあるところでは違うように思います」
>  そして更に

「何でも誰かがやってくれる。誰かに言われるまで動かない。これが東三河の人の気風と言うことになりますかね。残念ですが。」
>と言った。

 夕希はこの件以来、一人で電車に乗るのが怖くなって、勤めもやめて家に居た。既に心を病んでいたのだ。
彼女が災難に遭った列車は通勤時間帯で、満席の状態でありながら、私以外誰1人立ち上がろうとしなかったことから人間不信にも陥ったようである。そんなことから私は彼女の家に数回、様子を伺いに行った。
2、3回伺っているうちに、彼女の家から歩いても数分の桜渕公園を一緒に散歩したり、豊川河畔でボートに乗ったり、大津美子さんの持山であるうでこき山に一緒に上ったりした。そうこうするうちに、たまに笑顔を見せるようになったが、何かに怯えているような表情は最後まで抜けなかった。桜渕公園は新城城主が散歩した庭であることや腕こきさんは武田信玄の家臣の強者が寄って戦略を練った場所であることを話してくれた。初耳で興味深かった。
 うでこき山の中で、道を迷ったり、積もった枯れ葉の上で滑って転んだり、急な坂道では手を引っぱりあったりと、そんなことがお互いの愉しい思い出になった。
滅多に、はしゃがない彼女であるが、この時ばかりは、はしゃぎ、笑い楽しそうだった。

 そして、父と意見が合わないことの悩みも打ち明けてくれた。

 父は予想外に夕希の噂が良くも悪くも広がって行くのを快く思わず、一部私にもその矛先を向けているらしかった。
 娘の将来の縁談などにこの一件がどんな障害になるか分からないと心配している。心無い人達から、娘が傷もの呼ばわりされることを最も恐れている。父は父なりに娘のことで、心の傷を負っているのである。
>  しかし、あれ以来、彼女が働く意欲どころか、生きる意欲まで失っているようで気がかりだった。身にかかった不条理は若い彼女には余りにも過大すぎ、かかる体験を生涯背負って生きることはとてもできそうもないという感じだった。
青ざめた顔で、「あたし、死にます」と言って私を驚かしたこともある。
病院の検査ではどこも悪くないと言う。「それなら、大丈夫、気の持ちようだよ。元気を出して」と言って励ました。
しかし、彼女は徐々にではあるが、生きる屍のように変わり果てて行った。
「本当に死ぬのかも知れない」と思い慄然とした。
夕希はいつのころからか、私を先生と呼ぶようになり、尊敬しているとも言った。
やはり、今も私を頼れる唯一の人だと思い込んでいるようである。
彼女と一緒に電車に乗ったのは、事件以来四年ほど立った後のことであった。
二人で湯谷温泉峡に行った。彼女にとっては本当に久し振りの電車での旅である。
渓流板敷川を臨む湯谷観光ホテル「泉山閣」は、到着した客に抹茶を立ててくれる。鳶の宿とも言われ、朝の餌付け時には約100羽の鳶が一斉に飛来し、壮観であるが、その時でなくても10羽ぐらいの鳶が常に上空を飛翔している。
それぞれに、露天風呂に入り、昼食を共にした。
彼女はほっと一息つけたようで私も安心した。
 それから、下流の吊橋に向かう途中、国から天然記念物に指定されている馬の背岩を見た。「昭和9年5月1日天然記念物指定」と書かれた石碑に、「私の生まれる前のことだが、5月1日は私の誕生日だ」と言うと、彼女も「あ!私もそうだ」と言って2人で驚いた。
「今日は何か二人の記念日みたいだね。来年の五月一日には、一緒に誕生会でもしよう」と話した。
それから、数ヵ月後、炎暑の夏、夕希は自宅で静かに息を引き取った。原因不明の難病だった。
、行年26歳。
思い当たることと言ったら六年前の極悪非道の男2人のなぶりものにされ、深い心の傷を負って、そこから再度立ち上がれず、生きる気力を徐々に失ったこと。
>病因は事件で心身が受けた外傷によって、彼女の中の抗体をはじめとする諸々の作用が低下した結果と推測する。彼女の冥福を祈る。

 

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名古屋市芸術創造センター バレエ アカデミー修了公演  SHOW CASE  於名古屋市芸術創造センター

 バレエアカデミーとしては、3回目の公演でリハーサル室でで30回のレッソンを行った。年齢は12歳から21歳の46名。いずれも初心を通り抜けて、それぞれの成熟を成し遂げつつあるダンサーたちである。女性としてもそれぞれに魅力的である。

プログラム

OPENING  振付/松岡璃映  ピアノ/伊藤佳菜

出演/バレエアカデミー全員 バーによるレッソン風景から始まった。

 

The Light 作曲/fhilip Glass  振付/松村一葉

出演/30名  ライトをテーマにした盛大な群舞。

 

The Comedians  作曲/Dmitry Kavalevsky  振付 /幸田律

出演/21名   コンテンポラr−リーでありバレエとは動きが一味違う。舞台上に座ったり転がったりということであろうが、これは上にも身体が一斉に飛び上がったりするなども多く、変化に富んでいた。

 

Bright Etoiles   作曲/AlLexander-GLazunov 振付/高宮直秀

出演/24名    男女ともに胸元に金色の縁取りが付いたロイヤル衣装を着けている。女性はクラシックチュチュで、華やかな群舞。ロイヤル衣装は、ストーりーものでは男女各1人のところ全員は珍しく、最初で最後だろうと思ってみる。

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川口節子バレエ団   くるみ割り人形                   愛知県芸術劇場大ホール

絢爛豪華で、踊りは正確。

チケット購入が遅れたため、指定席は4階の最前列だった。舞台を遠くからみおろす格好になる。目の前には手すりの棒が横にセットされている。しかし席についていると、その棒のために舞台が上下に2つにわれて見え、舞台前方の出演者が見えなかったり、出演者の上半身しか見えなかったりした。

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Sylph Ballet Company 発表公演  My  Treasure  掘        ̄アートピア

 本日3日の発表公演にご招待をいただき、出席すべく、楽しみにしておりました。
 ところが、妻が朝.胸の痛みと苦しみを訴え救急車にて、病院に運ばれ、心筋梗塞と診断され入院しました。
 招待として席も確保されていたと思います。もっと早く連絡できればよかったのですが、どこに連絡すればよいかわからず、この場を借りることになってしまいました。
 大変御迷惑をおかけして、厚くお詫び申し上げます。michiruこと山本満保
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studio SWAN 15th Ballet Concert 2016 全幕 ドン・キホーテハイライト :アートピアホール

このブログを書き出して長いが、初めて見るバレエ教室である。しかし、見聞は早くからしており、SWANという名が良いなと思っていた。

第1部  バレエコンサート(多治見スタジオ)

 

「パキータ」よりパ・ド・トロワ

女子2人、 渉将人(男性ゲスト)

       

「眠れる森の美女」第3幕より宝石の踊り

金・銀・サファイヤ・ダイヤ  女性各1人、計4人

 

ガボット

女児3人

 

「海賊」第1幕より 奴隷のグラン・パ・ド・ドゥ

小野由紀子(講師)  アンドレイ・クードリャ(男性ゲスト)

 

第2部 「ドン・キホーテ」よりハイライト

 

第1幕(スペインバルセロナの陽気な広場)

キトリ/坂口久美子   バジル/渉将人(男性ゲスト)   メルセデス/小野由紀子(講師)
他、キトリの友人、町の娘、踊り子たち、全部で22人がいろとりどりの衣装で踊る。

舞台背景には停泊中の船が大きく描かれており、港町であることが分かる。

 

第2幕(第3場 ドン・キホーテの夢)

ドルシネア姫/坂口久美子   他、森の女王、森の精、キューピットたち  総勢20名が入れ替わりながら踊る。

 

第3幕(結婚式)

キトリ/小野由香子《代表》   バジル/アンドレイ・クードリャ(男性ゲスト)  エスパーダ/渉将(男性ゲスト)

メルセデス/田中佳織    他出演。、第1、第2ヴァリアシオン各1名、友人4人、客人8人が

キトリとバジルのグラン・パ・ド・ドゥの終盤バジルのグランジュテ、キトリの舞台を横切るシェネ、グランフェッテ、バジルのグランフェッテと超絶技巧が続き、舞台は盛り上がった。

 

   

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アートバレエ創立60周年公演2016        於  日本特殊陶業市民会館

第1部 JAZZ&TAP  SHOWCASE

      7品目のうちゴッドファーザーの曲が懐かしかった。

第2部  眠れる森の美女

     これまでに何度も見た品目。豪華絢爛、人材豊富、適材適所、多数の出演者から、生徒数の多いことがうかがわれた。

 

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川口節子バレエ団  バレエへの招待    於;港文化小劇場     8月25日(木)

オープニング

 

レッソン風景

 

宮廷舞踊

 

「ジゼル」よりヴァリエーション

 

「ラ・シルフィード」より

 

「パ・ド・カトル」

 

「ドン・キホーテ」より第2幕「夢の場」

 

「アルレキナーダ」よりパ・ド・ドウ

 

「スターズ&ストライブス」より

 

「カウントオンミー」

 

出演者は熟練した若い女性が多く、技巧的に申し分なかった。

ィタリヤの宮廷で始まり、フランスに移り、ロシヤで花開いたバレエ。ロマンチック、クラシック、バレエリュスなどを経て、現在はなおいろいろな振り付けが行われていることに関し説明と演出があった。ピアノや日本舞踊に比べてバレエを習う女の子は圧倒的に多い。女の子にとっても大変魅力があり、今や世界中に広がっている。しかし、クラシックバレエを抜きにしてバレエは語れないのではなかろうか。

 

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バレエの教養

 同級生の女性と話していて、「宝塚歌劇ならいいがバエレエはどうも」というので、「宝塚歌劇は大衆演劇で、田舎むき」だと答えたら怒っていた。

 私が宝塚歌劇やバレエを見出したのは2000年からであった。ところが宝塚歌劇は5,6回見るうちに飽いてきた。

宝塚の方が初めて見てもわかり易い。というのは事前に勉強しておかなくても分かるからである。

ところが、バレエはあらすじや、凡その技術、更にはバレエの歴史などをある程度知っておかないと理解できないだけに興味がわかない。しかも、同じ演目を何回見ても、それまでと比べながら、衣装やダンサーの違いを感じながら見るので、興味は尽きない。

 しかし、リフトや、足を180度に延ばしたり、グランフェッテやジュテなどの超絶技巧が入り緊張あふれる場面をあいついで表現するのが、バレエの独特の魅力をなしていると言えよう。

 そして、ある程度バレエを楽しもうと思ったら,それなりの知識、教養が要る。

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